今回のことで、人って変われるものなのかもしれない。と思うようになりました。
もしかしたら、夫にしてみれば「じゃあなんで今まで変わらなかったんだ。遅いぞ」と思われるかもしれませんが・・
今まで気にしていたこと、(下に降りて行きづらい、生活音が気になる、生活習慣が気になる、においが気になる、子育てしづらい等々・・)
私は自分の思う通りに生活したかった。のかな・・でも・・もし、その全てを義父母さんが解決してくれたとしても、私は多分・・次から次へと不満が湧いて来て、満たされることはなかったのではないか?と思います。
家を建てる前から二世帯住居に不安があったし、二世帯住居じゃなきゃいけないというところに不満があった。
だから、もしかしたら・・自分本位になりすぎて・・「こんなに大変だけど頑張ってるんだよ」ということを夫にアピールしたかっただけなのかなぁ・・
毎回、今まで通りでない姿、生活しづらそうな私を見せられる夫の気持ちも考えずに。
今回のことがあり、義父母さんと腹を割って話をして・・
私は随分贅沢な悩みや不満を持っていたんだな・・と気がつきました。
義父母さんから嫌がらせなどされてたのなら分かるけど・・何もされてない。
ただ感覚や考え方が違っただけ。
幸せが当たり前になると、だんだん分かりづらくなってきて、壊れそうになってやっと幸せだったことに気がつくなんて、なんだか情けない話なのですが・・
夫のあんなに辛そうな姿を見て・・
本気で変わろうと思って。
見なきゃ変わろうと本気で思えなかった私もダメだったなぁと後悔が大きいですが・・
きっかけがあれば、人は変われるのかもしれないと思いました。
変われる・・というか・・自分の性格を変えるわけではなくて、自然体でいるというだけなので表現が正しいのかは分かりませんが・・
もうあんなに眠れなくて胸が苦しい夜が嫌だから、それだったら何も気にせず自然体になって、毎日笑顔で思いやりを持って過ごしたいなと思って。
それで昨日、生活が休みモードから平常モードに戻った初日だったのですが・・
引越し前と同じように過ごすプラス、上下意識して別と考えずに、自分が親と住んでいた時、どんな風だったかな?と思い出しながら、あっけらかんと過ごしたら、
なんだかすごく、晴れ晴れした気持ちでした。
「いつもニコニコ」でいる基盤ができたような。そんな感じでした。
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よく言われているのは、子どもに夫婦喧嘩を見せてはいけないということ。
私たちはたまに、今までも見せてしまっていたけれど、ちゃんと仲直りするところまで、見せればいいやと思っていました。
でも今回は、夫の怒りがすごすぎて、さすがに子どもたちにトラウマになって・・心の傷になってしまったらどうしようと、それも考えたし、義父母さんは、それを今、一番心配しています。
だけど・・いつも明るくてたくましくて・・何事もこなしていて頼り甲斐があるお父さんも1人の人間。
辛いことだってあるし我慢できないこともある、、そんな風に考えてもらえたらなと思っています。
色々あっても、一つ一つ解決して、前に進んでいく。そんな家族の姿を見せていけたらいいなと思っています。
喧嘩もせず、仲がいい夫婦が一番なのはもちろんなのですけど^^;
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今、アドラー心理学の「嫌われる勇気」を読み始めています。
評判がいい本のようなので、読み終わった時にどんな気持ちになっているか楽しみです。